毒婦、修羅の過去

毒婦の過去。

娘との2人での生活

新居という名のボロアパートに引っ越し、新しい娘との2人での生活が始まった。

 

娘は大きな病気もせず、すくすくと育ってくれた。

 

保育園にも無事入る事ができ、私も昼職に復帰した。

 

家、保育園、会社、保育園、家

 

この繰り返しの日々。

日曜日には娘をあちこち連れ回した。

電車が見たいと言えば、環状線に乗って好きな駅で降りて、その周りを散策し、公園で遊んだり。

 

周りが「家族でアンパンマンミュージアムに連れて行った。子供大喜びw」と聞けば。

片親だからと肩身の狭い思いをさせたくない一心で、自分は食べず食費を削り「いいダイエットだ」と思い、金を貯めて念願のアンパンマンミュージアムにも連れて行けた。

 

独身時代にしこたま貯めたマイレージで東京に行き、友達に子供を紹介し、友達は富士のサファリパークまで連れて行ってくれ、娘の誕生を祝ってくれた。

 

子供が喜ぶところに友達はたくさん連れて行ってくれた。

 

とにかく私は毎日生きて、毎日子供と接する事で髪の毛振り乱して化粧もせず、毎日奮闘の日々だった。

 

だがそれはとても充実していた。

 

娘に不憫な思いはさせたくない。

 

ただその一心で生きた。

 

食べないダイエットは当たり前に私の体重はメキメキと減った。

もともとデブ、産後20kg増加の体重は半年でもとの体重より−10kgくらいまで痩せた。

 

この頃から痩せに執着して、痩せている事が自分にとっての美学で。

自分が頑張っていると唯一認めてやれる事だった。

 

よく、拒食症の人の心の中をうまく表現している写真としてよく見るのがこれ。

 

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私の頭の中は完全にこれだった。

 

 

そして、その後。

気がついたら娘は2歳になろうとしていた。