毒婦、修羅の過去

毒婦の過去。

本人から聞きたかった事実

調停委員は続けて話していた。

 

言葉を選びながら、私の様子を伺いながら。

 

今の今まで、なんの真実も夫から聞かされていなかった私を見る目は、哀れな人を見る目に見えた。

 

まともに調停委員の目など、見れなかった。

 

ずっと、遠くに見えた高速道路をぼんやり眺めていた。

 

 

しばらく、部屋の中は静かになった。

 

長い長い、沈黙の時間だったように思う。

 

だが実際の時間は、数秒程度だったのかな。

 

 

その間に、自分でわかった。

 

 

私はこれから、信じられないような事実を。

 

今日初めて会ったこのおじさんとおばさんに。

 

突きつけられるのだ、と。

 

 

調停委員は言った。

 

 

毒婦さん、実はね。

 

あなたとの婚姻届を提出する直前に

あなたのご主人は自ら勝手に作成した離婚届を役所に提出したの。

 

調停が申し立てられた後、当時提出された離婚届の原本を法務局で複写したものが提出されました。

 

元妻はこの勝手に作成された離婚届を見て、自分の夫が全てを記入したものだとすぐにわかりました。

こちらです。

 

 

間違いなく1人の人間が書いたであろう

全てが同じ筆跡の離婚届の複写を見せられた

 

 

そして、その後提出された婚姻届の複写がこちら。

 

見覚えのある婚姻届だった。

できちゃった婚、それも一度は別れて元サヤの泥沼結婚というわけのわからない結婚。

だが、私は少なからず、あの婚姻届を書いた時は嬉しさでいっぱいだった。

 

3年前の自分が思い浮かび。

 

情けなくて涙が止まらなかった。

 

 

これはあなたが書いたものですね?

と、婚姻届の複写を指差し、調停委員は言った。

 

「間違いありません。

これは私が書いたものです。」

 

離婚届の方の筆跡と、あなたのご主人の筆跡。

見てもうおわかりですね?

 

「はい、見たままです」

 

 

調停委員は続けた。

 

 

実はね

 

あなたのご主人、今日の今朝まで。

元妻と一緒に何食わぬ顔して暮らしていたのよ。

 

 

「…………。」

 

 

しかも、今回の件について、未だに

「俺は知らない」と言っているの。

さっきまで、あなたのご主人と今回の件について話を聞いたけど、何も喋らないの。

私たちも困ってて…。

 

 

「そうですか…。」

 

 

でも、当初提出されて申立書とは全く違う事実が明らかになったので、あなたが悪いわけではないから、ね?

 

 

「はぁ……。」

 

 

「すいません、もう一度聞いてもよろしいでしょうか?」

 

何かわからない事がある?

 

 

「私は、子供を産む前から今日まで、ほぼ娘と2人で暮らしてきました。

 

一度だけ、これまでの生活費と引っ越し代に100万よこせ、そう言いました。

 

私と娘はこの約3年間、その一回だけしかお金をもらう事なく、静かに暮らしてきました。

 

この約3年間

 

うちの夫は、先妻とその子供と、3人で

何もなかったかのように

幸せに暮らしていたのですか?」

 

 

ごめんなさいね、本来ならばこんな大事な話は本人から聞くべきなのに。

 

そうなのよ。

 

あなたが知らない間、今朝まで。

あなたのご主人は先妻と暮らしていたの。

今日も先妻と暮らしている家からここに来たのよ。

家族に連れられて、ね。

 

 

もうやめてくれ

こんな茶番がどこにある

誰か冗談だと言ってくれ

コントだと言ってくれ

 

 

私は部屋を出た後、ソファに倒れこみ。

ただただ静かに泣いた。

 

 

娘の事を思うと、涙が止まらず。

 

携帯に保存されていた娘の写真を見て

声を上げて泣いた。