毒親と毒婦 高校3年生
兄は大学へ進学した。
私は高校3年生まで部活に明け暮れる日々だった。
ギリギリで合格して入学した高校、とてもじゃないけどクラブに勉強なんて両立できるキャラではなかったので勉強の成績はかなり下だった。
部活を引退してから、本来ならば大学受験で勉強に必死にならなければならないのだが。
私には強力な助っ人、クラブ活動での成績があったのでそのへんは安泰だった。
進路が既に決まっている状態だったので、高校3年でクラブを引退してからはますます学校での勉強などしなくなった。
仲良しの友人達は皆帰宅部だった。
当時大流行したポケベル。
みんな持っていたが、私なんか絶対親が許す訳がないwと思い指を咥えてポケベルいいなーと思っていた。
そんな時友人が「私が2つ借りる事にして、1個持つ?」と。
人生初の「名義貸し」を誘われた。
自分のお小遣いの中から支払いしてでも、喉から手が出るほど欲しかったポケベル。
友人にお願いして名義貸しという手法で私はポケベルを手に入れた。
親に見つからないよう、自宅近くになったら電源を切り。
ベッドの下に隠した。
帰宅部3年の友人達は、私が部活に明け暮れていた3年間と全く違った生活をしていてとても羨ましかった。
○○高校の男子とコンパ、○○高校のなんやら君クソかっこええwみたいな。
話を聞いていてもさっぱりわからないし、輪の中に入りきれない感じといい。
私にとって、友人達の話は異世界だったし、すごく憧れた。
友人達が「今週土曜日どこのクラブ行く?」という話を学食でしていた時も。
クラブってなんぞ、と思っていた。
夜に出かける話をしていたので、当然ながら私には無縁の話だな…と諦めていた。
だが、みんなの言うクラブ遊び、コンパ、よその高校の男子との交流とか。
めちゃくちゃ羨ましくて。
行きたくて、行きたくて。
私は「どうやったらそういった世界に足を踏み込めるか」と考えた。
「友達の家に泊まりに行く」戦法。
部活をしていた頃も、部活仲間の家に泊まりに行く事はよくあった。
だが、母親は疑っていたのだろう。
泊まりに行くと必ず19時くらいにその泊まりに行った先の友人の家に電話をかけてくる。
「うちの娘がお邪魔させて頂きまして」とお礼の電話に見せかけて「ちょっと娘に代わってもらっていいですか?」と。
まぁ、その泊まりに行った先の親まで疑うかwのレベル。
友達の家に泊まりに行く作戦をしたとて、親から連絡が入る…
と、友人にその事を相談したところ
「そんなもん簡単やん、19時くらいに電話があるんやろ?
なんぼなんでも20時過ぎて電話とかかけてこやんやろ。
そっから出かけたらええやん。」
友人のその返答が神からの授かり物だと思うほど、友人に後光がさしているようにも見えた。
そして、私は早速母親に友人の家に泊まりに行く許可を取った。
相手が部活仲間じゃない事を怪しく思っているのはすぐわかった。
その友人の自宅電話番号を教えろ、と言われたのは想定内。
友人の自宅電話番号をメモに書き、カレンダーの泊まりに行く日のところに貼付けた。
いつでも電話してこいよ、と宣戦布告の意味をこめて貼付けてやった。
当日の夜、案の定19時過ぎに電話がかかってきた。
理解あるその友人の母は「大変やね〜うちが放任主義過ぎるんかな?」なんて笑っていた。
私は「すごく羨ましいです」と言った。
そしてその友人のお母さんに何度もありがとうございますと言ったのを覚えている。
洋服を着替え、普段した事もなかった化粧道具を友人に借り。
友人が私に化粧を教えてくれた。
初めてのビューラー、初めてのファンデーション、初めてのマスカラ。
友人はこなれた手つきでアイラインを引き、マスカラを塗ってアイシャドウを塗った。
すごく、すごく羨ましかった。
そして、もう日も暮れて真っ暗な夜の中。
友人宅から外に出た。
感動した。
ものすごい開放感だった。
友達は、週末こんな時間を過ごしていたのかと。
こんなワクワクどきどき感たら、はんぱねぇwwwと浮き足立った。
繁華街に向かう途中、フェイントでまた電話がかかってきているんじゃないかと不安になったが。
21時を過ぎた頃にはさすがに「もうかかってこないだろう」と安堵しはじめてからは、もう浮かれた、相当浮かれた。
友人は私の知らない「クラブ」に連れて行ってくれた。
全くシステムがわからないので、友人にアドバイスされるまま。
手に見えないインクのはんこを押されて、ブラックライトというものを知った。
小さなチケットを渡されて、入場料を払えば1杯の飲み物が付く。
「ワンドリンク制」という制度を初めて知った。
ドアを開けると、鼓膜が倒れるんじゃいかと思うほどの爆音が聞こえた。
友人が何か喋っているけれど、ただ口がぱくぱくしているだけで何を言っているのかなんて聞こえなかった。
私の知らない世界が目の前に広がった。
暗い中でコップ片手に踊る人達。
DJブース、いちゃいちゃしながら踊る外国人カップル。
初めての経験だった私に見えたその世界は「犯罪犯してる」感がはんぱなかった。
友人は私の手を引っ張り、ドリンクカウンターに連れて行ってくれた。
耳元で大きな声で「なーにーのーむーーー!?」と。
私は「うーろんちゃーーー!」と叫んだ。
小さなチケットを出すと、ピアスだらけのお兄さんがウーロン茶を出してくれた。
友人は「もすこみゅーーるーーーー!」と叫んだ。(もう時効だから許してください)
なぬ!?いいい、飲酒するんですかお酒飲めるんですかなんなんだこの世界は!!!
(当時は今みたいに年齢確認とか緩かったんですね、はい)
お化粧して、意味のわからないお酒を飲んでいる友人がすごくかっこよく見えた。
どうやって踊っていいかもわからず、見よう見まねで踊った。
何がなんだかさっぱりわからず、何が楽しいのかもよくわからなかったが。
クラブという自分の中では「禁断の場所」にいる事。
少しの罪悪感と大きな開放感。
聞いた事もない曲を聴きながら、友人とただ笑いながら踊った。
見知らぬ男性に声を掛けられるのをサラッとあしらう友人。
何もかもが見た事のない世界だった。
当時の言葉で言う「はじける」だ。
友人は「せっかくなんやからあんたもはじけーや!」と。
時計を何度も見ては「これは夢じゃない!」と。
0時を過ぎ、1時、2時になっても外にいる自分に実感がまだ持てなかった。
その後、友人と朝までやっていたファーストフード店でおしゃべりして。
始発のバスで友人宅に帰った。
友人は「もう無理眠いから寝るー!」と寝てしまったが。
私は興奮冷め止まず、完全に覚醒してしまい。
母親に怪しまれないよう、お昼過ぎくらいに帰宅した。
帰宅するまでは半端なくドキドキした。
ばれているんじゃなかろうかと、怒られるんじゃないかと。
帰宅して母親に「ただいま」と言ったら
「あら、思ったより早く帰ってきたんやね」と言われ、気が抜けた。
それでも、ぐぅーすか昼寝して夕方まで爆睡したら怪しまれると思い。
必死のパッチで夕飯まで起きて頑張った。
夕飯を食べてフラフラになりながらお風呂に入り。
ベッドの中に入って、もう眠くて眠くて仕方がないのに。
昨日の夜から今朝までの事をずっとぐるぐる考えていた。
その日から、私の中で何かが「はじけた」